マインドフルネスとは?

What is mindfulness?

マインドフルネスとは、今という瞬間に意図的に注意を向けて、自分が感じている感覚や感情、思考をありのまま観察すること。元々はパーリ語の「サティ」という言葉の英訳で、日本語では「気づき」、漢語では「念」と訳されています。「自覚」「集中」「覚醒」とも言い替えられます。マインドフルネスを理解するために、反対に、マインドフルネスではない状態のことを思い浮かべてみたいと思います。その状態のことを、「マインドレスネス」と言います。マインドレスネスとは、注意が散漫な状態、無意識の状態のこと。ぼんやりしていて、集中力がない状態もあてはまります。

たとえば、「明日が締め切りなのに、どうしよう。このままだと間に合わないなぁ。今日は徹夜かな。やばいなぁ。どうしよう......」と、心配してもしかたがないことを心配しすぎたり、「あのとき、あんなよけいなこと言わなければよかった。なんで私っていつも、こうなんだろう。私って馬鹿だなぁ。本当に自分が嫌になる......」と、すでに終わった過去のことを延々と考えてしまうことはありませんか。頭のなかの思考の世界に巻き込まれて、それに気づいていない状態です。そんな状態のことを「マインドレスネス」と言います。または、テレビを観ながら、なんとなくご飯を食べていたり、友人と会話をしている最中、考えごとをしていて、相手の話を全く聞いていなかったときなども「今、ここ」になく、ぼんやりと考えていてうわのそらになった状態なので、「マインドレスネス」な状態だと言えます。このように、「今、ここ」の現実とのつながりが失われ、なおかつそのことに気づいてもいない状態のことを「マインドレスネス」と言うのです。

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マインドフルネス瞑想は、マインドフルな状態に自分を持っていくことを目的としています。「瞑想」といっても、現実逃避して神秘的な体験をするためのものではありません。今この瞬間、自分の内側で起こっていることに100%注意を集中させて観察し続けるための、いわば脳や心のトレーニング。このトレーニングを続けることで、とてもリラックスしているのに、感覚は鋭くなり、それまでふりまわされていた漠然とした不安感などとは無縁の、安定した自分になることができます。瞑想はむずかしいイメージがありますが、やることはシンプルで、誰でもすぐに実践できます。基本的には、姿勢を正して、ただ自分のしている「呼吸」に意識を向けるだけ。意識が呼吸からずれたことに気づいたら、注意を呼吸に引き戻していく。ただ、この作業をくりかえすだけです。試しにさっそくやってみましょう。タイマーなどがあれば用意してください。 三分間、自分の呼吸にすべての注意を向けて、観察してみましょう。

改めて、自分の呼吸を確認してください。今この瞬間、あなたはどんな呼吸をしていますか。くりかえされている呼吸を、ただ観察します。まるで、呼吸という波に乗ってサーフィンをしているかのように、一つ一つの息の流れに注意を向けます。その入ってくる息、出ていく息の波に乗っていきましょう。呼吸はコントロールしようとせず、ただ感じるだけで結構です。呼吸の波に乗って、瞬間ごとに、注意を向けましょう。

それでは、ここから三分間、スタートです。

いかがでしたか?
三分間、何を感じましたか? 長く感じたかもしれませんし、短く感じたかもしれません。もしかしたら、「長いな、まだかな。......退屈だ」「こんなことして何の意味があるんだろう」「あ、考えごとしていた......瞑想は自分には向いていない」といった思考が浮かんだりしたかもしれませんね。ハッと「我」にかえり、「気づいたら、呼吸のことを忘れて、ずっとほかのことを考えていた」ということは、誰にでも起こります。そのように考えてしまったことが、失敗というわけでもありません。人間の心は移ろいやすく、「今、ここ」に集中するのが苦手です。さっきまで呼吸に意識を向けていたのに、気づくと、頭のなかのおしゃべりに夢中になっていて、「今、ここ」に座っていることも、「呼吸」に注意を向けていたことも忘れていたりします。それはまるで、「思考」や「感情」という波にのまれ、「注意」というサーフボードから落っこちてしまい、海のなかでおぼれている状態です。思考におぼれていることに気づいたら、またサーフボードの上に乗りなおし、呼吸の波と一つになりましょう。このくりかえしによって心が鍛えられ、徐々に思考が鎮まっていきます。サーフィンを毎日やると、何も考えなくても波に乗れるようになり、波に乗っている時間が少しずつ増えていきます。これと同じで瞑想も、実践を重ねていくなかで、呼吸と身体と心が一つになる感覚も高まっていくのです。

脳科学から見た
マインドフルネス

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瞑想がこれほど注目されるようになった原因の一つに、瞑想の効果が科学的に証明されてきたことが挙げられます。瞑想を実践することで脳の機能が変わるということは、2~年前まで知られていませんでした。2005年にアメリカの心理学者サラ・レイザーによって、マインドフルネス瞑想の実践を長年続けていくと、ある変化が脳に起こってくることが報告されました。

マインドフルネス瞑想の実践は筋トレと同じであると書きましたが、トレーニングをくり かえすことで、脳がふだん働いていないところに血液を送り込み、活性化させていき、低下していた機能をとり戻していきます。とうすると徐々に、脳のある部位の厚みが増してきます。それは、脳のなかの「島」と「背内側前頭野」です。「島」というのは、すべての身体感覚をまとめあげ、さらに情動 調節の中枢である扁桃体に信号を送っている部位で、「背内側前頭野」というのは、自分や他人の思考や感情の動きをメタレベルで対象化して理解する能力に関わっている部位です。ここは意思を決定する、意識・注意を集中する、注意を分散する、意欲を出す、記憶をコントロールする、人とコミュニケーションを行う、行動を抑制する、情動(感情)を制御するなど、人の精神活動に不可欠なさまざまな機能を持っています。つまり、マインドフルネス瞑想を実践することで、前頭前皮質への血流が増え活性化していき、「自分や他人の思考や感情の動きを対象化して理解する力」が高まっていくのです。これによって、ストレスが減り、衝動が抑制され、自分の感情を認識するといった、自己コントロールのさまざまなスキルが向上するというわけです。

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また前述のケリー・マクゴニガル氏の研究によると、瞑想の実践をたった3時間行っただけで、注意力と自制心が向上するという結果が見られ、時間後には、脳に変化が現れたそうです。瞑想をはじめた人たちの脳では、集中力を持続したり、気が散るものを無視したり、衝動を抑制したりするのに重要な領域の神経間の連絡が増加していました。さらに定期的に瞑想を行った場合、禁煙、減量、薬物やアルコール依存症への対策にも効果があることがわかりました。瞑想を習慣化することで、注意力を高め、感情や欲望をコントロールする自制心を育くむことにもつながるのです。

マサチューセッツ総合病院とドイツのギーセン大学の研究者らは、人の被験者に対してマインドフルネス瞑想を使ったストレス解消コースを8週間受けるよう指示しました。そして、トレーニングの前後に被験者らの脳のMRIを撮影し、まったく瞑想経験 のない人と比較しました。すると、トレーニングを受けた被験者らは、脳内の海馬と呼ばれる部位にある灰白質の容積が密集し、増大していることがわかったのです。この部位は、学習や記憶、感情、思いやり、内省などに関係しています。アルツハイマー患者はこの部分が縮小したり、この周辺に原因物質が蓄積することが明らかになっていることから、瞑想で記憶障害や認知障害を防止できるとも期待されています。また一方で、不安や恐怖などに関連する扁桃体においては、灰白質の容積が減少していることがわかりました。扁桃体が活性化しにくくなると、イライラや不安を抑えられ、感情的な行動が減り、適切な意思決定ができやすくなります。このように、たった8週間のプログラムで脳の構造が変わることが科学的にも証明されたのです。

3つの瞑想

瞑想をはじめたばかりのかたには、呼吸に注意を向ける瞑想法をメインとして紹介していますが、マインドフルネス瞑想の注意の対象には、二種類あり ます。これは、二つの瞑想法、サマタ瞑想とビパッサナー瞑想がベースになっている ためです。それぞれ注意の質が少し違います。そこでそれぞれの瞑想法の特徴をご説明しましょう。

○サマタ瞑想

サマタ瞑想は「止」の瞑想。一つの対象を定めた上で、その対象に集中を高めていく手法で、注意を特定の対象に向けます。一番わかりやすいのが、呼吸を観察する瞑想法です。注意を自分の呼吸に向けて集 中するのです。呼吸していることを自覚し、注意がそれるたびに、呼吸に注意を向けなおしていきます。

ほかにも、呼吸を数えたり、マントラ、言葉を唱える瞑想もサマタ瞑想です。神像、 仏像、梵字、マンダラなどを集中の対象にするものもあります。特定の対象に対する強烈な集中によって、雑念がとりのぞかれ、心は揺るぎなく安 定して、強くなります。一瞬一瞬の注意を何度も戻すことで集中力を鍛えます。

○ビパッサナー瞑想

ビパッサナー瞑想は「観」の瞑想法。対象を定めずに心に感じたことをありのまま観察する手法で、注意を一つに定めず、不特定対象にひろげていきます(たとえば、車の運転中のような、空間全体に注意を向けた集中の質)。doing(すること)モードから、being(在ること)モードに切り替えて、瞬間瞬間の心の状態、五感で感じられることをマインドフルに観察していきます。またビパッサナーには、静的と、動的な瞑想があります。静的なビパッサナー瞑想は、静かに座ること。動的なビパッサナー瞑想は、歩行や食事など、日常生活の動作を実況中継して観察します。一般的な仏教の瞑想法では、サマタ瞑想で集中力を育て、ものごとをあるがままに観察するビパッサナー瞑想へと移っていきます。サマタ瞑想とビパッサナー瞑想以外にも、さまざまな瞑想の手法があります。

○慈悲の瞑想

サマタ瞑想の一種で、祈りのような瞑想法。 無念無想の境地を目指すものではなく、価値観がある瞑想。 瞑想を深めるための思いやりや、穏やかな心の状態をつくります。

○呼吸法

呼吸をコントロールする方法。調呼法とも言い、呼吸を通して気(プラーナ)をコントロールする修行法です。お腹を使った「腹式呼吸」や、お腹と胸を使った「完全呼吸」で呼吸 筋群を動かしていくことで、内臓をマッサージしたり、自律神経を整えたりと、さまざまな効果を得ることができます。さらに、瞑想状態に自然と訪れるようなゆったりとした細く長い呼吸を再現し、息を止めたり、吸う息よりも吐く息を引き延ばすこともあります。 ゆっくり吐くことで、副交感神経が刺激されて、瞑想に必要なリラックスが深まります。目的やアプローチが違いますので、どれが素晴らしくて、どちらが劣っているというものではありません。

日常生活を
マインドフルに
生きる

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瞑想でマインドフルな感覚がつかめたら、今度はそれを日常生活にもどんどんとりいれていきましょう。「マインドフルネス」とは今この瞬間に意識を向けることです。瞬間、瞬間に意識を向けて、なにごとも心を込めて行えば、日常生活のすべての動きがトレーニングになります。集中の対象はなんにでも応用できます。呼吸の感覚や、聞こえてくる音、歩くときの足の感覚に注意を向けることもできます。また五感で感じられることのすべてに注意を開放させて感じることもできます。たった一杯のお茶を飲むときでも、それをすることが人生の目的であるかのように集中することができれば、それもマインドフルネス瞑想の実践になります。また食事をするときにも、その食べ物の形や色を眼でじっくりと観察してから、しっかりと嗅いで、味わっていけば、「食べる瞑想」になるのです。
会社や自宅、駅までの道のり、どこかに向かう途中であっても、未来や目的地のことはいったん脇において、歩いている感覚に注意を向ければ「歩く瞑想」になります。ほかにも、通勤電車のなか、歯磨き中、シャワー中、スーパーでの買い物中、トイレに入っている間、子供とすごす時間......日常生活のちょっとした時間にゲーム感覚でとりいれていくことで、雑念が鎮まり、心が穏やかになっていきます。何かをするための手段としてではなく、目の前のことをすることこそが〝人生の目的〟であるかのように集中していくと、「今、ここ」とつながることができるのです。 自分なりに、やりやすいところから、少しずつマインドフルな時間を増やしていきましょう。そして日常生活で思ったこと、考えたこと、感情や気分などの心の働きも、呼吸や音と同じように客観的に観察してみましょう。